For Kids 子どもたちのために

ベルギーからやってきた子ども向け自転車教室「ウィーラースクールジャパン」

MENU
ウィーラースクールとは?
カリキュラム
スクール情報・レポート
運営マニュアル
スクール問い合わせ

カリキュラム・ウィーラースクール


第一章:自転車を使った教育の意義

自転車がおかれた社会的な現状

自転車はトップレベルのスポーツ機材としてだけでなく、老若男女を問わず誰もが普段の生活の中で利用できる乗り物として、幅広くわたしたちの生活の中に溶け込んでいる。
さらに近年においては、低炭素社会実現のための交通手段として環境を考えるきっかけとしてのツールであったり、健康を管理するためのスポーツの道具としてなど、自転車が果たすべき役割とその期待はますます大きなものになりつつある。
しかし、社会における自転車にたいしての認識はまだまだ低いと言わざるを得ず、実際、様々な問題が自転車のまわりを取り巻いている。
例えば、歩道上での歩行者との接触や、交差点などで自転車が絡む交通事故数の増大や、街中の違法駐輪問題なども、自転車に対するイメージを悪くしている要因である。
自転車のおかれた現状

自転車はどうあるべきか

自転車の事故や違法駐輪などを減らすため、またそうした問題を解決するために様々な対策がとられている。
例えば、自転車がからむ交通事故数を減らすために現在の道路に自転車レーンを併設したり、自転車道を新設したりすることもそのひとつである。違法駐輪を無くすために、大規模な駐輪場を用意することも考えられている。こうした行政的な対策は社会実験などが行われたり、有識者を集めた審議会、パブリックコメントなどの手続きを経て、予算を立て、議会の承認を得、はじめて実現に向けてのスタートを切ることになる。
こうしたハード面(インフラ)における整備はもちろん必要なのだが、前述のようにいかんせん「時間」と「お金」がかかりすぎる。

では、どうするか。
ウィーラースクールが提唱する効果的な手法は「自転車教育の充実」である。自転車を利用するための適切な教育をうける機会を増やし、利用する市民の意識をあげること。特に子どもたちへの教育は大変重要であると同時に、今後10年先を見据えた大切なプロセスであると考える。
こうしたプロセスを経て、ハード(インフラ)整備のさらなる効果が期待できるのではないか。
自転車はどうあるべきか

なぜ、子どもたちに自転車を教えるのか?

次世代を担う子どもたちに、その「自転車」に対して正しい知識や技術を学ばせることは重要であり、そのための「自転車を使った教育」を普及させることは、単なるスポーツ教育にはとどまらない大きな意味を持つ。

交通社会の中の子どもと自転車

意義昨今の日本の交通事情を考えたときに、子どもたちが自転車を使って楽しむことにとっては、たいへん厳しい環境にあると言わざるを得ない。
都市部はもとより、郊外においても道路上を走る自転車の安全対策が遅れているのが実状である。
ウィーラースクールでは、遠い将来にインフラが整備されるのを待つだけでは不十分ととらえ、子どもたち自らが身を守るための術(すべ)を教えることが必要だと考える。
自転車の教育において、重要な目標のひとつは、
サイクルスポーツ(サイクリング)中に起こりうる、子どもの将来を棒に振ってしまうような重大な事故から、彼らを守る
ことにあるのである。

子どもたちにとって自転車を安全に扱う能力を身につけることは非常に重要な課題であり、技術だけでなく、道路交通法などの交通安全に関わるルールを知ることに関しても、小さなころから積極的な教育を行う必要がある。
それは自転車を安全に運転する技術や知識を習得することであり、子どもたちが公共の空間で自転車に乗るための基本である。
しかし交通ルール(知識)とテクニック(技術)の向上を目指す教育はこれまでにも行われて来た歴史があるにもかかわらず、それらの問題はなかなか解決する方向にはなっていないのが実情である。
そこで、もう一つの大切なポイントを提唱する。

子どもたちの心に自転車の楽しみを

例えば子どもたちに交通ルールやマナーを教える機会があるとする。
もし教える立場にある人が前提として自転車のことをあまり良く思っていない場合、自転車に対して若干ネガティブなバイアスがかかるかもしれない。
具体的には、交通ルールを教える場合、「(自転車は危ないから)こうやってはいけない」「(迷惑だから)ルールを守りなさい」という論調になる可能性がある。
つまり「あれはダメ」「これはダメ」という、やってはいけないことの現象と対処法のみを教える進め方になってしまい、受講する子どもたちがそのルールやマナーの奥に込められた本当の意味を感じられないことにならないだろうか。

ひるがえって、今度は教える立場にある人が自転車のことをこよなく愛するサイクリストならどうだろう。
彼らは自転車が大好きである。大好きで大切な乗りものだから、まず自転車の立場を大切に考え、伝えようとする。その上で交通社会の中で自転車がどうあるべきか、ルールとはどういう意味があって、なぜ守らなければならないのか、そうした自分たちの権利を守るために自らが考え行動しなければならないことを、「自転車が好き」という感情をもって説明するのではないだろうか。

ウィーラースクールでは、交通ルールやマナーの奥にある、自転車にのる「気持ち」を、指導者自らが認識し、「自転車を愛する」という観点から教育に携わることが良いと考える。

子どもたちの心に自転車の楽しみを

実際のスクールに参加する子どもたち

意義このスクールには大きく分けて二種類の子どもが参加する。
まず、自転車をスポーツやレクリエーションで楽しんだ経験がある、
「自転車競技に興味を持ち、さらに本格的に練習したい」
子どもたち

かたや自転車を「楽しめる道具」として扱った経験の無い、いわば「自転車の楽しみ方初心者」の子どもたちである。
当然、その二者では、指導する内容は大きく異なるのだが、基本となる目的は一つ。
それは、自転車を愛する子どもを育てることである。

そのために指導者は常に、子どもたちのそのときの技術レベル、モチベーションなどを総合的に判断し、初心者の子どもたちには、「自転車の楽しみ」や「自転車の可能性の提示」を、
競技を目指す子どもたちには、「練習することの大切さ」や「やり遂げることの大切さ」を示さなければならない。
彼らは、自転車を通じて様々なことを学んでいきながら、社会の中の一員となっていくのである。
例えば、一見個人技のようにも見受けられる自転車競技が、実は個々の選手に対して非常に高い社会性を求めるスポーツであること、同様に一般交通内での自転車も社会性が高い行為を求められる、ということを教えなければならない。

自転車に乗るという行為を通じて、様々な場面で自分自身を確認し学ぶことは、同時に他者を知り認めることであり、それが社会生活のひとつの入り口になるのである。

自転車を安全に乗りこなすこと、自転車を楽しむことを教えることは、大人の義務である。

(2012.12.28更新 Blacky)


コメントを行う


サイクリングスクール.jp