1-9. 「引き算」の指導法
指導者の技術 〜TeacherではなくGuideであれ〜
指導者の仕事とは何か。多くの人は、子どもに新しい知識や技術を「足していく」ことだと考える。しかし、ウィーラースクールでは逆の発想をする。子どもがパニックにならずに挑戦できるレベルまで、課題を徹底的に「引く」のである。
これを教育心理学では「スキャフォールディング(足場かけ)」と呼ぶ。
自転車に乗れない子どもにとって、公道を走るなんて夢のまた夢。それどころか、「バランスを取りながら、ペダルを回し、ハンドルを操作し、前方を見る」というマルチタスクは、脳の処理能力を完全に超えることになる。そこで、わたしたちは以下の3つの「引き算」を使い分ける。
1. 動力の引き算(環境の足場かけ)
まず、「漕ぐ」という動作を「引く」。
そのために使うのが「緩やかな下り坂(スロープ)」だ。坂道なら、重力によって勝手に進んでくれるうえ、子どもは必死にペダルを回す必要がなくなり、「バランスを取る」ことと「ブレーキをかける」ことだけに100%集中できることになる。
平地ではふらついていた子が、坂道という「環境の足場」があるだけで、驚くほど安定して下るようになる。
2. 情報の引き算(認知的足場かけ)
「ハンドルをまっすぐに」「腕に力をいれないで」「もっと遠くを見て」など、確かに必要なアドバイスではあるが、それらが矢継ぎ早に飛んでくると、情報が多すぎて子どもの脳をフリーズさせる状態になる可能性がある「足し算」となる。
声をかけるなら、できるだけ少なく、「あそこの赤いコーンだけを見て」など、見るべき情報を一点に絞り、他のノイズを視界から「引き算」するのが良い。すると、脳の処理が安定し、結果としてふらつきが止まるようになる。
3. 道具の引き算(物理的足場かけ)
そして、最も象徴的なのが、自転車そのものの機能を「引く」(とり除く)「ペダル外し」。
ペダルを外し、サドルを下げれば、自転車は「絶対に転ばない乗り物(いつでも足がつく乗り物)」に変わり、恐怖心という最大のブレーキを外すことになる「引き算」となる。
重要なのは、いつまでも引き続けることではない。
子どもが「できた!」という顔をした瞬間、引いていた要素を少しずつ戻していく(フェーディング)を行う。この「引き際」の見極めこそが、指導者の腕の見せ所である。
理論的裏付け:スキャフォールディング(Scaffolding / Vygotsky)
学習者が自力では解決できない課題(発達の最近接領域: ZPD)に対し、指導者が適切な支援(足場)を提供し、能力の向上に合わせて徐々に支援を取り除き(Fading)、最終的に自律させる指導法。
