指導要領

はじめに

4.交通ルールの目的を考える機会の欠如

近年、自転車を取り巻く交通ルールは厳罰化の一途をたどっている。 2024年11月の道路交通法改正では、「ながらスマホ」や「酒気帯び運転」に対する罰則が強化され、2023年4月からは全ての自転車利用者にヘルメット着用の努力義務が課された。 しかし、こうした「ルールの強化」に対し、「ルールの本質」を理解する機会は十分に提供されているだろうか。

警察庁の統計によると、2023年(令和5年)の自転車関連事故件数は72,339件で、前年より増加している。特に懸念すべきは、自転車乗用中の死者数が346人と、依然として高い水準にあることだ。 死者の約74%が頭部に致命傷を負っているにもかかわらず、ヘルメットの着用率はわずか13.5%(2023年7月時点)にとどまっている。 この数字は、多くの人々が「努力義務だから(罰則がないから)被らなくていい」と、ルールを表面的にしか捉えていない証拠ではないだろうか。

日本の交通安全教育は、依然として「○×クイズ」的な正解主義に偏っている。「赤信号は止まれ」「一時停止しろ」と、ルール(How)を教え込むことには熱心だが、「なぜ止まらないと死ぬのか」「なぜヘルメットが必要なのか」という目的(Why)を考えさせる機会、つまり**「想像力を育む時間」**が圧倒的に不足している。

ルールは、守ること自体が目的ではない。自分と他者の命を守るための「合意形成」であるはずだ。 厳罰化で恐怖心を煽るだけでは、監視の目が届かない場所での事故は防げない。 子どもたちが「怒られるから守る」のではなく、「痛い思いをしたくないから、自分の意思で守る」ようになること。そのための「考える教育」への転換が、今まさに急務となっているのである。

例えばここに「自転車の原則並進禁止」というルールがある。
以下道路交通法から引用

(軽車両の並進の禁止)
第19条 軽車両は、軽車両が並進することとなる場合においては、他の軽車両と並進してはならない。

このルールに関しては、その例外も含めかなり細かく規定されており、違反すると2万円以下の罰金または科料となる。しかし実際の道路上において、これが必ずしも適切なルールなのかと言えば、果たしてそうとばかりも言えない側面もある。以下、あくまで交通ルールは守るという前提の上、あくまで仮の話として書いてみる。

例えば交通量の多いところでは、並進はリスクの高い行為であることは明白だ。しかし、前後の見通しが良く、明らかに他の交通がない場所で並進がさほどリスクの高い行為とは思えない。もし横に並んで楽しく走ることができたら…。そう考えた人もいるかも知れない。
しかし日本の道路は、例外を除いて全国一律で、並進禁止なのである。
このルールから読み取れるのは、「自転車は楽しむ乗りもの」ではなく「自転車は危険な乗りもの」だという前提である。

例えば、自転車の原則並進禁止というルールを、全国一律に
「自転車の原則並進禁止」ではなく、
「<危険とみなされる場所での>原則並進禁止」とするとどうだろうか。
このふたつの大きな違いは、危険(リスク)の判断を、法律ではなく、その当事者である人間が行っているというところにある。

自転車が単純に危険な乗り物とすれば、兎にも角にも危険とみなされる行為は一律規制することは正しい判断だ。実際それで多くの事故が防げることも多い。
しかし、ルールでこまかく全体を縛ることにより、本来、危険行為や事故を防ぐために、自分たちがどう考え、どう行動するのか、という、その意味や行動そのものを自発的に考える機会を、むしろ奪っているのではないかとも思えるのだ。

ある決まりごとを理解するためには、なぜそれが定められているのか、という基本的な意味を理解する能力も同時に育てなければいけない。そう考えると、サイクリングの楽しみを知ることから生まれる自発的な行動を起こせる人を育てるという目的のもと、「自転車を楽しむ」ということを念頭に法律を整備できたら、もしかしたら、また違った未来が見えてくるかもしれないと思うのだ。

はじめに