指導要領

はじめに

1.自転車教育のひとつの到達点

ベルギーから持ち帰られた教科書をもとに開かれていたウィーラースクールに出会って早10年以上が経つ。
2006年以降、諸事情により筆者(主宰 ブラッキー中島)が中心となってこのスクールの運営を行い、スクールの継続と拡散に力を注いできたのだが、実はその間、自転車教育に関して、もやもやした気持ちに振り回され、いろんな不安を抱き続けてきた。

実はこの国の自転車教育(交通安全教育)の歴史は長く、われわれの
ウィーラースクールが登場するはるか昔から、広く全国で教育機会が設けられ、長い間教室が行われてきたのに、なぜ、自転車(や車)の事故が無くならないのか。
そしてなぜ、多くの人はルールを守らないのか。

そもそもなぜ、自転車活用が個人レベルでそれほど積極的に行われないのか。


この、なんとも言えない、釈然としない疑問が常に渦巻いていたのだ。
それでも、自転車の活用を促進し、安全を確保するため、子どものような若年層からの適切な教育が必要であるという信念のもと、これまで全国で数多くのスクールを開催し続けてきたのだ。
ウィーラースクールは「日本で一番楽しい自転車教室」と謳っているので、そこにいる子、つまり参加してくれたほぼ全員の子どもを楽しませる自信はある。しかし、本当にそれで正解なのか。

われわれのスクールが、本当に子どもたちに理解されているのか。また、伝えたい内容が果たしてどこまで子どもの記憶や心に残ったのか。そしてなにより、将来、彼らの人生にどんな効果があって、、など、明確な答えを見つけようとはするのだが、なかなか手が届かないもどかしさの日々を過ごしていた。

そうした問いの答えを見つけ出すため、これまで、スクール中の子どもたちの様子をじっくり観察し、その場その場で臨機応変な対応をしたり、突如自転車にこだわらない様々な体験をさせてみたりと、新しいアイデアと実践の試行錯誤を続け、常に彼らと向き合ってきた。それ以外にも、多くの教育理論、果ては様々な国々の教育手法も参考にしながら、まさに手探りの中でカリキュラムを作ってきたと言える。

そして、ここ最近、とうとうある答えに到達する。
と同時に、子どもたちに自転車を安全に走らせるために、大人がしなければいけないことは、実はすごく少なく、そして非常に単純明快なことだった、ということに気づいたのだ。

この指導要領を読んでいただければ、多分みなさんにも良くご理解いただけると思う。
それは、至極当然の内容であるため「なんだ、こんなことだったのか」とがっかりされるかもしれない。
われわれ大人は、なぜこんな単純なことに気が付かなかったのだろうかとも思う。

先日、とある地域ではじめてこの指導要領を使って指導者講習会を開催したところ、面白い反応が返って来た。
「思ってたのと違った」
つまり、自転車教室の指導者講習会なので、例えば一本橋の上手い渡らせ方などの技術的なアドバイスが主に聞けると思ってたらそうではなかったという反応だった。
実は、わたしが行う指導者講習会は実技的なノウハウはあまり伝えない。
それより、このスクールの意味や目的、どうすれば子どもたちに受け入れられるのかなど、指導者(大人)の立ち位置や考え方を主に伝えるものになっている。

次に、こういう意見もあった。
「最初、考え方や指導のやり方を聞いたとき、確かに納得はするが、実際の現場ではそう簡単には出来ないと思った。しかし実際、後半の実技での教え方、進め方を見て、まさにそのとおりだと思った」

実は、みなさんはすでに気づいているのだと思う。

どうすれば子どもがのびのびと生きていけるのか。
どうすれば自発的に交通安全の意識が高くなり、
どうすれば、うまく交通社会の中に入っていけるのか。

そういう環境の中で育った子どもたちが、将来どういう大人になっていくのか。
そして、自分たちはかつて「子ども」だった、ということを。

この指導要領の中に書いてあることはただひとつ、子どもたちを信じ、見守ることが、どれだけ大切なのかということだ。
自分で気づき、学ぼうとした子どもたちに、どんな未来が開けるのか。
自転車を楽しみ、安全に走ることのできる感覚と知識、経験を身につけた子どもたちが、今後どんな豊かな人生を送ってくれることになるのか。
子どもたちが豊かな人生を送るため、自転車というツールを有効に使ってくれる。
まさにそれがこの指導要領の最終目標ともいえる姿である。

スクールの前に行う座学。すべての年代の子どもが一同に介し、それぞれが自由な形で肩肘張らず熱心に座学に集中する。
はじめに